1971 年に設立され、創業50年を超える綜合舞台。音響、照明、映像、舞台制作などの幅広い分野で高い専門性を持ち、コンサートやイベントなどのデザイン・プランニングを含む総合的なプロデュースを強みにする制作会社だ。ワンストップで提供されるトータルプロダクションサービスは、顧客のニーズに迅速かつ的確に応え、高い評価を得てきた。
成功を影で支えるというポリシーから、「あまり表に出て語ることがない」という創業者の西尾榮男代表に、今回特別にインタビューを実施。同社の強み、歴史、そして未来への展望について伺った。
成功を影で支えるというポリシーから、「あまり表に出て語ることがない」という創業者の西尾榮男代表に、今回特別にインタビューを実施。同社の強み、歴史、そして未来への展望について伺った。
自社完結の総合力。顧客の要望に応え続けるプロフェッショナル集団
綜合舞台は、音響、照明、映像などの各分野において、高い専門知識と豊富な経験を持つスタッフが在籍。ソフトとハードのノウハウを駆使し、プランニングや演出を含むトータルな制作業務を請け負っている。
「当社は、創業当時から業界の常識にとらわれず、あらゆるニーズに応えられる体制を築いてきました」と語るのは、綜合舞台代表の西尾氏だ。
最大の強みは、全てのセクションを自社内で完結できることにある。制作会社が単一の分野に特化していた時代から、綜合舞台は一社で多角的なサービスを展開し、他社との差別化を図ってきた。
「私たちの強みは、舞台を構成するおおよそすべてのセクションを自社内に持ち合わせていることにあります。これにより、各セクションの連携がとれており、スムーズな進行・コミュニケーションの効率化、変更やトラブルへの柔軟かつ迅速な対応が可能です」
大規模なコンサートやイベントでの急な変更要求にも、自社内の各セクションが素早く連携。最適な解決策を提供できる体制が整っている。
「当社は、創業当時から業界の常識にとらわれず、あらゆるニーズに応えられる体制を築いてきました」と語るのは、綜合舞台代表の西尾氏だ。
最大の強みは、全てのセクションを自社内で完結できることにある。制作会社が単一の分野に特化していた時代から、綜合舞台は一社で多角的なサービスを展開し、他社との差別化を図ってきた。
「私たちの強みは、舞台を構成するおおよそすべてのセクションを自社内に持ち合わせていることにあります。これにより、各セクションの連携がとれており、スムーズな進行・コミュニケーションの効率化、変更やトラブルへの柔軟かつ迅速な対応が可能です」
大規模なコンサートやイベントでの急な変更要求にも、自社内の各セクションが素早く連携。最適な解決策を提供できる体制が整っている。
関係先が増えれば増えるほど伝達の行き違いやスケジュール調整の難航など、様々なロスが発生する。それを回避するにはワンストップでサービスを提供することが最も合理的だ。
顧客にとっても、各セクションとの窓口を一本化することで、担当者とのやり取りが減り、負担を軽減できる上、制作過程全体を把握できるため、安心してイベントに集中できる。
「無駄なコストや時間を削減できるだけでなく、お客様とのコミュニケーションもスムーズになります。これが、私たちが選ばれる最大の理由だと思います」
各セクションは緊密に連携し、顧客の要望を丁寧にヒアリングしながら、イベントの目的や規模、会場の特性などを考慮した最適なプランを提案。大規模なコンサートでは、音響や照明の細かい設定から観客動線の最適化まで、全てを網羅する詳細なプランを作成し、クライアントの満足度を高めている。
「お客様の漠然としたイメージを具体的な形にするまでが私たちの仕事です。そのためには、各セクションのプロフェッショナルたちが、それぞれの知識や経験を共有し、一体となってプロジェクトを進めることが重要なんです。お客様に寄り添い、最高のパフォーマンスを引き出せる環境を提供することが、私たちの使命だと思っています」
顧客にとっても、各セクションとの窓口を一本化することで、担当者とのやり取りが減り、負担を軽減できる上、制作過程全体を把握できるため、安心してイベントに集中できる。
「無駄なコストや時間を削減できるだけでなく、お客様とのコミュニケーションもスムーズになります。これが、私たちが選ばれる最大の理由だと思います」
各セクションは緊密に連携し、顧客の要望を丁寧にヒアリングしながら、イベントの目的や規模、会場の特性などを考慮した最適なプランを提案。大規模なコンサートでは、音響や照明の細かい設定から観客動線の最適化まで、全てを網羅する詳細なプランを作成し、クライアントの満足度を高めている。
「お客様の漠然としたイメージを具体的な形にするまでが私たちの仕事です。そのためには、各セクションのプロフェッショナルたちが、それぞれの知識や経験を共有し、一体となってプロジェクトを進めることが重要なんです。お客様に寄り添い、最高のパフォーマンスを引き出せる環境を提供することが、私たちの使命だと思っています」
日本初の試みを成功へ導いた突破力。数々の挑戦の裏にある「諦めない」信念
綜合舞台は、まだ日本で舞台制作会社という存在が確立していない1970年代から、パイオニアとして業界を牽引してきた。西尾氏は、その歴史を象徴する2つのエピソードを紹介してくれた。
一つ目は、1966年「ルイシジョとスペイン舞踏団」の日本公演で、「総合舞台研究所」として舞台演出活動を開始したことに遡る。この頃の日本の劇場では、演出効果のために仮設機材を設置することは未知のことだった。
「当時は、海外の舞台公演が日本でも開催されるようになってきた時代でした。しかし、日本では、機材や法規制など、海外とは勝手が違うことが多く、試行錯誤の連続でした」
海外では当たり前の仮設舞台装置や照明機材も、日本では規制や慣習により、導入が困難だった。
「悔しい思いもたくさんしましたが、そこで諦めたら終わりだと思いました」と振り返る西尾氏。関係機関との粘り強い交渉や、独自の施工方法を開発することで、困難をクリアしていった。
二つ目は、日本を代表するロックバンド「ゴダイゴ」のワールドツアーに同行した時のことだ。
「ゴダイゴのワールドツアーは、私にとって大きな挑戦でした。中国やネパールなど、文化や習慣の全く異なる国での公演は、想像を絶する困難の連続でした」
一つ目は、1966年「ルイシジョとスペイン舞踏団」の日本公演で、「総合舞台研究所」として舞台演出活動を開始したことに遡る。この頃の日本の劇場では、演出効果のために仮設機材を設置することは未知のことだった。
「当時は、海外の舞台公演が日本でも開催されるようになってきた時代でした。しかし、日本では、機材や法規制など、海外とは勝手が違うことが多く、試行錯誤の連続でした」
海外では当たり前の仮設舞台装置や照明機材も、日本では規制や慣習により、導入が困難だった。
「悔しい思いもたくさんしましたが、そこで諦めたら終わりだと思いました」と振り返る西尾氏。関係機関との粘り強い交渉や、独自の施工方法を開発することで、困難をクリアしていった。
二つ目は、日本を代表するロックバンド「ゴダイゴ」のワールドツアーに同行した時のことだ。
「ゴダイゴのワールドツアーは、私にとって大きな挑戦でした。中国やネパールなど、文化や習慣の全く異なる国での公演は、想像を絶する困難の連続でした」
特に中国・天津での公演は、文化の違いを痛感させられるものだったという。
「機材の搬入から設営、撤去まで、全てが日本とは違いました。しかし、どんな状況でも、ゴダイゴのメンバーやスタッフは、常に前向きで、チャレンジ精神に溢れていたんです。彼らの姿勢から、多くのことを学びましたね」
これらの経験を通して、西尾氏は柔軟な対応力と困難を乗り越える突破力を身につけたという。同時に、綜合舞台は飛躍のときを迎える。
1980年には、中国・天津で行われた「第一回中日友好音楽祭」に参加し、「ロックが初めて中国に入る日」として、日本から初めて音響機材、録音機材、楽器類を持ち込み、両国政府関係者を巻き込んだ調整を実施。これらの経験から得た確かな技術と信頼関係が、現在の綜合舞台の糧となっている。
「決して諦めずに、知恵を絞り、最善の方法を考え抜く。それが、顧客との信頼関係を築き、会社を成長させる原動力になりました」
「機材の搬入から設営、撤去まで、全てが日本とは違いました。しかし、どんな状況でも、ゴダイゴのメンバーやスタッフは、常に前向きで、チャレンジ精神に溢れていたんです。彼らの姿勢から、多くのことを学びましたね」
これらの経験を通して、西尾氏は柔軟な対応力と困難を乗り越える突破力を身につけたという。同時に、綜合舞台は飛躍のときを迎える。
1980年には、中国・天津で行われた「第一回中日友好音楽祭」に参加し、「ロックが初めて中国に入る日」として、日本から初めて音響機材、録音機材、楽器類を持ち込み、両国政府関係者を巻き込んだ調整を実施。これらの経験から得た確かな技術と信頼関係が、現在の綜合舞台の糧となっている。
「決して諦めずに、知恵を絞り、最善の方法を考え抜く。それが、顧客との信頼関係を築き、会社を成長させる原動力になりました」
「現状維持は後退」。常に進化を目指す、綜合舞台の未来への展望
西尾氏の言葉の端々からは、エンターテイメント業界への熱い想いと、力強いビジョンが滲む。業界の第一線で活躍し続けることができたのは、西尾氏をはじめとする、社員一人ひとりのたゆまぬ努力と、顧客との揺るぎない信頼関係があったからこそだろう。
「社員たちには、いつも言っています。『現状維持では、後退するばかりだ』ってね。常に挑戦を続け、進化していくことが大切なんです」
後進に期待を寄せる西尾氏は、従来の技術だけに頼るのではなく、新しい試みを追求することの重要性を訴える。
「例えば、ただ単に大きなLEDスクリーンを使った演出だけでなく、より深みのある表現を追求することが必要です。音響や映像の技術者たちが、単なる機材の操作だけでなく、その技術をどう活かすかを考えることが求められます」
コンサートで映像を投影する演出方法や、劇場でのフィルムコンサートのように、音楽と映像を組み合わせた新しい表現方法が求められている中、若い世代が成長してくれることを期待していると話す。
「音響というのは単に大音量で音を出すだけではなく、繊細な音響調整や演出が必要です。特に、クラシックやミュージカルの分野では、最小限の音響機材でどれだけ豊かな音を作り出せるかが鍵となります。当社は若手スタッフがクラシック音楽の音響技術や映像制作の新しいアプローチを学び、実践できる環境をさらに充実させていきたいです」
「社員たちには、いつも言っています。『現状維持では、後退するばかりだ』ってね。常に挑戦を続け、進化していくことが大切なんです」
後進に期待を寄せる西尾氏は、従来の技術だけに頼るのではなく、新しい試みを追求することの重要性を訴える。
「例えば、ただ単に大きなLEDスクリーンを使った演出だけでなく、より深みのある表現を追求することが必要です。音響や映像の技術者たちが、単なる機材の操作だけでなく、その技術をどう活かすかを考えることが求められます」
コンサートで映像を投影する演出方法や、劇場でのフィルムコンサートのように、音楽と映像を組み合わせた新しい表現方法が求められている中、若い世代が成長してくれることを期待していると話す。
「音響というのは単に大音量で音を出すだけではなく、繊細な音響調整や演出が必要です。特に、クラシックやミュージカルの分野では、最小限の音響機材でどれだけ豊かな音を作り出せるかが鍵となります。当社は若手スタッフがクラシック音楽の音響技術や映像制作の新しいアプローチを学び、実践できる環境をさらに充実させていきたいです」
50年を超える長い歴史の中で、綜合舞台は、数々の挑戦と困難を乗り越えながら、顧客と揺るぎない信頼関係を築き上げてきた。
そして今、西尾氏はその経験を活かし、地域社会への貢献にも積極的に取り組んでいる。
「地域の人々に支えられてきた私たちだからこそ、その恩返しをしたいという気持ちは強いです。地域イベントは、私たちにとっても、地域の人々と直接触れ合い、喜びを分かち合える貴重な機会なんです」
地域で開催されるイベントや祭りに際して、音響機材や照明設備を提供するなど、綜合舞台は地域の人々との交流を大切にしている西尾氏。その言葉には、地域社会への深い愛情と、未来へ向けた強い意志が感じられる。
「私たちが手がけるイベントが、地域社会の発展に貢献し、人々に感動や喜びを与えられるよう、これからも挑戦を続けていきたいと思っています」
様々な場面で存在感を発揮する綜合舞台。西尾氏の「常に時代の変化を捉え、新しい技術や表現方法を追求することで、顧客に最高の感動を提供し続ける」というビジョンは、これからもエンターテイメント業界の最前線で革新を続けるための指針となっている。綜合舞台は、これからも進化を続け、エンターテイメント業界の未来を創造していくだろう。
そして今、西尾氏はその経験を活かし、地域社会への貢献にも積極的に取り組んでいる。
「地域の人々に支えられてきた私たちだからこそ、その恩返しをしたいという気持ちは強いです。地域イベントは、私たちにとっても、地域の人々と直接触れ合い、喜びを分かち合える貴重な機会なんです」
地域で開催されるイベントや祭りに際して、音響機材や照明設備を提供するなど、綜合舞台は地域の人々との交流を大切にしている西尾氏。その言葉には、地域社会への深い愛情と、未来へ向けた強い意志が感じられる。
「私たちが手がけるイベントが、地域社会の発展に貢献し、人々に感動や喜びを与えられるよう、これからも挑戦を続けていきたいと思っています」
様々な場面で存在感を発揮する綜合舞台。西尾氏の「常に時代の変化を捉え、新しい技術や表現方法を追求することで、顧客に最高の感動を提供し続ける」というビジョンは、これからもエンターテイメント業界の最前線で革新を続けるための指針となっている。綜合舞台は、これからも進化を続け、エンターテイメント業界の未来を創造していくだろう。