【大阪・関西万博レポ…

【大阪・関西万博レポ②】物語と象徴で心を揺さぶる。いのちと未来を描くストーリーテリング演出

大阪・関西万博では、建築や演出を通じて「物語」を語りかけるパビリオンが数多く見られました。象徴的なデザインや体験型の仕掛けは、来場者の五感を刺激し、いのちや未来に対する根源的な問いを静かに呼び起こします。こちらのレポートでは、そうしたストーリーテリングを軸にした演出がどのように来場者の心を動かし、どんな思索の余白を残したのかを紹介します。

【パナソニック ノモの国】光と風に揺れる建築が印象的。「結晶」デバイスで物語に参加

パナソニックグループのパビリオンは、「アンロック・ユア・ネイチャー」をテーマに掲げています。設計を手がけたのは建築家・永山祐子氏。外観の特徴は、光沢を放つ布素材「オーガンジー」を大胆に取り入れたファサードです。資材は使用済み家電から回収した鉄や銅、ガラスを活用しています。

全面を覆うのではなく、あえて3分の1程度を揺らめく状態で残すことで、自然の風が通り抜け、光と影が揺れるように演出されています。外から見ても建築が“呼吸”しているかのように感じられ、未来的でありながら自然と調和するデザインとなっています。

風にはためくオーガンジーが幻想的な異世界感を演出

パナソニックグループがこのパビリオンで狙うのは、未来を担うα世代の子どもたちが、自分の身体や感覚を解き放ち、「自分を突き抜ける」体験を得ることです。そのために、展示は単なる鑑賞型ではなく、身体感覚や五感を刺激する仕掛けを随所に施しています。

制作プロセスにも子どもたちを巻き込み、企画段階から参加してもらう試みも行われました。子どもの想像力や発想を展示に取り入れることで、未来に開かれたパビリオンとしての姿勢を体現しています。「ノモの国」総合プロデューサー原口 雄一郎さん(パナソニック オペレーショナルエクセレンス株式会社)は、次のように話します。

「子供たちは本来自分のやりたいことや興味を持っていても、社会のルールや思い込みで抑えてしまうことが多いと感じます。今回のパビリオンを通じて、そうした感覚を解き放つきっかけになればと思っています。これまでパナソニックとして若い世代の課題に深く寄り添う機会は少なかったので、パビリオンを通じて、研究者や技術者が直接子供たちと接し、新しい気づきを得られることを目指しました」

「ノモの国」の内部に入ると、ピンク色の光の粒が床や壁に投影され、まるで身体ごと映像世界に溶け込むような没入感。足元に広がる光の粒が来場者の動きに呼応することで、自分自身の存在が空間とつながっていく感覚を得られます。こうした体験は「自然と人間の境界を溶かす」ことを意図した演出であり、五感を通じてテーマを直感的に理解できるよう設計されています。

光や音、インタラクティブな体験要素が盛りだくさん

「最初のステップとして五感を研ぎ澄ます体験を重視しました。立体音響、振動、ミストなどを用い、普段は意識しない感覚を引き出す設計にしました。映像だけでなく身体を使って感じる演出を重ね、心象風景をデザインしています。また、個々の感受性によって異なる体験ができるよう、色や形を固定せず、多様な解釈ができる空間づくりにこだわりました」

「カガミイケ」を通じて“物と心が映り鏡になる世界”という異世界感を演出。来場者に渡される結晶のようなかたちをしたデバイスは、パビリオン体験の鍵です。自由に触れて“パワー”を貯めるように働きかけられます。持ち歩くことで、自分の存在が空間と相互作用し、映像や音響の反応を生みます。大滝のようなミストウォールをくぐる場面では、結晶に映る光が変化し、物語の進行を視覚的に実感できます。

来場者に一人一個手渡される結晶デバイス

結晶デバイスをさまざまなオブジェクトにかざすと光や音が反応する仕組みで、「自分の行動で世界が変化する」という感覚を体験する装置として機能

結晶デバイスを機械の前に置き、性格判断できる装置も

「『結晶デバイス』にはIT技術を組み込み、個々の行動や周囲の状況を記録・分析できるようにしています。電子機器に見えないよう美しい形状にこだわり、来場者がワクワクしながら体験できる工夫をしました。個々の選択や行動の違いがデータとして結晶デバイスに蓄積され、160種類以上の固有体験を楽しめるようになっています」

うちわ型のデバイスでボール型の装置を仰ぐと床面に蝶が現れ、空間に蝶が羽ばたく演出

未来の世代に向けて「技術は人を自然から切り離すものではなく、むしろ自然とのつながりを深めるものになり得る」というメッセージを発信している「ノモの国」。未来を見据えながら、今を生きる身体を解放し、自然とのつながりを再発見する――それが、パナソニックグループのパビリオンが来場者に届ける体験です。

【EARTH MART】食の可視化で理解を深める。いのちの循環と未来の食卓

シグネチャーパビリオン「EARTH MART」は、食を切り口にいのちの循環や未来を考える場として設計されています。テーマ事業プロデューサーの小山薫堂氏は「食を通して、いのちを考える」ことをコンセプトに掲げ、日々の食卓を超えて世界規模の課題や希望を体感できる空間を構想しました。

来場者をまず迎えるのは、全国各地から集められた茅で葺かれた大きな屋根です。隈研吾建築都市設計事務所が監修し、熟練の職人によって仕上げられたこの屋根は、自然との循環や共生を象徴しています。複数の屋根が重なり合う造形は、まるで市場の賑わいを思わせ、入場の瞬間から「食が人を集める場所」というテーマを感じられる演出になっています。

ひときわ目を引くパビリオンの屋根

展示は大きく「プロローグ」「いのちのフロア」「未来のフロア」「エピローグ」に分かれます。

「巨大スクリーンのアニメーションから始まる『プロローグ』では、食といのちの循環を映像で示し、来場者を物語の世界へ誘います。続く『いのちのフロア』では、普段の食卓にある食材がどれほど多くのいのちに支えられているかを体感的に理解できます。」(実施制作統括プロデューサー)

「一生分のたまご」では、日本人ひとりが一生で約2万8000個の卵を食べるという事実を、空間いっぱいに並ぶ卵で表現。さらに「いのちのカート」では、日本人が10年間で消費する食料の体積を巨大なショッピングカートで可視化し、来場者に圧倒的なスケール感を与えます。

天井から卵がしたたり落ちるようなインパクトのある展示「一生分のたまご」

約11立方メートルの大きさで日本人1人の食料消費量を視覚的に表現した「いのちのカート」

「食べ物の重さ」を量る秤ではなく、「いのちの重さ」を可視化する象徴として設置されている「いのちのはかり」

「データを数字だけでなく、空間全体で感じ取れる展示にこだわっています。言葉による説明ではなく『食べることはいのちをいただくこと』という実感を持っていただくように工夫しています」(実施制作統括プロデューサー)

後半の「未来のフロア」では、伝統と最新技術が交わる空間演出が際立ちます。「未来を見つめる鮨屋」では、すきやばし次郎の小野二郎氏が養殖魚を握る映像と共に、カウンターを模した空間に来場者を迎え、鮨文化の未来を考える場を演出しています。

11年連続ミシュラン三つ星を獲得し、ドキュメンタリー映画でも有名になった「すきやばし次郎」の小野氏がもてなしてくれるようなリアルな演出

また「進化する冷凍食」では、凍結粉砕技術で食材をパウダー化し、新しい主食や料理として提示。透明なケースに整然と並ぶ“粉末化された食材”は未来の食品棚を連想させます。「味を記憶し、再現できるキッチン」では、調理プロセスをデータ化して再現する技術を、実際の調理台を模した展示で紹介し、時間や場所を超えて「同じ味」を共有する未来像を描いています。

未来の冷凍食として食材をパウダー化する技術を展示

展示の終盤には、子どもたちが考えた「未来のお菓子」や、日本発の食文化を世界に発信する「EARTH FOODS 25」が並びます。さらに、実際にパビリオンで樽に漬け込んだ梅干しを25年後の2050年に開封する“食のタイムカプセル”という長期的な仕掛けである「万博漬け」が、空間全体に未来への祈りを刻み込みます。

アイデアイラストを展示したコーナー「未来のお菓子」

日本が長年培ってきた「食材・食品・知恵・技術」の中から25を厳選した「EARTH FOODS 25」

最後の「エピローグ」では巨大な円卓を囲み、来場者同士が「食を分け合う喜び」を共有できるよう設計されています。映像と照明が融合した演出の中で、食がもたらす心のつながりを全身で感じ取ることができます。

お皿が整然と置かれた円卓

プロジェクションマッピングで、食にまつわるさまざまな映像が投影される

大切なメッセージを伝えるビジョンとしての役割も

最後に、「EARTH MART」の出口には「Welcome to EARTH MART」という言葉が掲げられています。通常であれば入口で見かけるはずの言葉をあえて出口に置いたのは、「展示を出たその瞬間、この地球こそが真のEARTH MARTである」というメッセージを伝えるためだそう。

出口の扉の上にさりげなく刻印されている「Welcome to EARTH MART」

来場者にとって特別な体験は、日常へとつながる行動のきっかけになってほしい──そんな思いが込められています。細部にわたって、展示と生活世界がシームレスにつながるような工夫に強い一貫性を感じるパビリオンでした。

【PASONA NATUREVERSE】アンモナイトからiPS心臓まで。「いのちを大切にしたい」思いを醸成する

「PASONA NATUREVERSE」のテーマは「いのち、ありがとう」。あらゆる生物のいのち、過去からつながるいのち、未来へと続くいのちへの感謝がパビリオン全体で表現されています。外観はアンモナイトを模した螺旋形状。その先端には人とテクノロジーの象徴といえる鉄腕アトム。ウェルビーイングな社会づくりを実践するパソナの拠点、淡路島の方向をアトムが指さしているのも知る人ぞ知るポイントです。
「NATUREVERSE」とは「ネイチャー」と「ユニバース」から成る造語で、同パビリオンでは、時空を超えたブラック・ジャックの手によってiPS心臓を埋め込まれて再生した「ネオアトム」と、まさにその手術を施した「ブラック・ジャック」のナビゲートにより、自然とテクノロジーを融合させた未来世界を体験します。
最初に足を踏み入れるは「生命進化の樹」内部。「過去があるからこそ未来があるんです」と小沢 達也さん(NATUREVERSE総本部 万博本部 副本部長)。
「過去から未来を0~10の層が重なる一つの大きな木で表現し、その幹から伸びる枝が次の空間へとつながり、未来世界「NATUREVERSE」へと続きます」。今生きているわずかな時間しか知らない私たちに、太古からはるか遠く未来まで続く大きな時間の流れに目を向ける最初の場として有効な役割を果たしています。

樹の下には底の見えない海=生命のいない世界が広がる。樹木の内部は層に分かれ、見上げるにつれて地球のいのちが進化していく

あとに続くのは、世界最大級の宝石のように輝く天然の「アンモライト」や、今回一番の話題となっている「iPS心臓」の展示です。過去のいのち、未来のいのちと、一つひとつの展示に生命そのものの存在を感じ、今こうして生きていることを意識させられます。
ただゆらめいているようにも見える小さな「iPS心臓」。じっと見ていると確かに自らの意思でドク、ドク、ドクと動いているのが分かります。自分の拍動と重なるような錯覚すら感じ、私の心臓も同じように動いているんだという不思議な感動とともに、徐々に心が動き出します。

ゲストが必ず足を止める「iPS心臓」。大多数の人が初めて目にする拍動に興奮、多くの目を引き付けるポイントとなっている

続く未来の医療を体感するブースでは、「空飛ぶ手術室」が山奥や離島にも駆けつけ、「自走型マイクロロボット」という小さなロボットがデータをもとに動いて患部を治療するという未来の手術方法を紹介しています。

また、電極シールを体の部位に貼り、脳神経から出る信号をキャッチして体を動かす「HAL」という医療用装着型ロボットや、実際にベッドに横になり体感できる「未来の眠り」ブースなど、目で見て、体験できるブースが続きます。信じられない気持ちと、こんな未来が待っているのかという高揚感で、どのブースでもゲストのどよめきが。あまりの驚きに最後には自然と拍手が生まれるほどです。

現在・近未来・遠い未来の医療を体感できるブース。2100年以降に登場するであろう新たな医療技術のデモンストレーションに驚きの連続

クライマックスを飾る映像ショーでは、NATUREVERSEの世界が描かれ、「戦争や環境破壊など、自分勝手な行いをしている我々人類が、真に豊かな社会、「ありがとう」が響き渡る世界「NATUREVERSE」を作り上げていくためには一体何が一番大切なのか。そして、今自分たちにできることは一体何か。ネオアトムとブラック・ジャックがこのNATUREVERSEショーでそれらの問いの答えを導く手助けをしています」と小沢さん。

キューブ型ディスプレイの動きに、音と映像が連動し、最大で高さ16mもの天井が織りなすアンモナイトの内部空間とスクリーン映像とが一体化。ブース全体が一つの惑星のように感じられ、地球の破壊と再生がよりリアルに。目の前の映像とシンクロするように悲しみ、喜びと、ここでもまた心が変化します。

自然とテクノロジーの共生を表現するNATUREVERSEショー。ゲストをその世界観に引き込んでしまう壮大なスケール

「まだ見ぬ未来NATUREVERSEの世界を体感することで、「いのちを大切にしたい」という思いを一人ひとりがもち続けられる。メッセージを届けるというよりも、心に働きかける、そんな世界観をつくることができたのではと感じています」。

なお、会期終了後に同パビリオンは淡路島へ。移設しやすいようトラス構造を用い、解体した部材は軽量かつ人一人が抱えられる大きさにと、サスティナブルな工夫も施されています。

【アオと夜の虹のパレード】主人公と感情がシンクロする、水と空気の感動スペクタクルショー

いのちを壮大なスケールで描くスペクタクルショー「アオと夜の虹のパレード」。ウォータープラザには中央の巨大モニュメントに組み込まれた「ウォーターカスケード」をはじめ、約300基の噴水、照明やレーザーなどさまざまな演出装置が設置されています。水、空気、光、炎、映像、音楽を駆使し、水やモニュメントに映像を投影。「水と空気」をテーマに、主人公の子ども「アオ」と島に住む奇妙な生きものたちの出会いが描かれます。

何十億年もの昔、この星に生まれ姿形を変えながら海、空、大地、生きものをめぐる「水と空気」。地球のすべてを見てきた水と空気に未来のヒントがある。そんな想像がウォーターショーの出発点なのだそう。

アオのおばあちゃんが口ずさむ伝承歌「にじまつり」で物語は幕を開け、私たちはアオとともにおばあちゃんの静かな語りに耳を澄まします。

静まりかえった会場に響くおばあちゃんの声。来場者はその声に耳を澄まし、聞き入ることで、自ら物語の世界へと入り込んでいく

そして、アオと奇妙な生きものたちとの出会いから、祭りへと物語は移行し、全ての演出が一斉に加速。祝祭のにぎわいが会場全体をお祭りムードに。ショーを見ているというよりも、アオと同じ景色を見ているような感覚で、その世界観に一気に引き込まれます。

アオを導くドードー。静かなオープニングから徐々にドラマチックなストーリーへと展開していく

続く場面では一転、ドラゴンの出現により生きものたちのいのちが消滅し、あたりは静寂に。そこへ再び聞こえてくるのはアオによる「にじまつり」の歌。それをきっかけに生きものたちがよみがえります。出会いの高揚感から喪失の悲しみ、そして復活の喜びへ。アオとゲストの感情がリンクし、気が付けばゲストもショーの一員です。

島を破壊するドラゴン登場のシーン。楽しくにぎやかな祝祭から一変し、不安と恐怖を掻き立てる大迫力の演出。その落差がゲストの感情を一層刺激する

一方で、技術面のこだわりはというと、その水位が一番のポイントだといいます。
「大阪湾から高台の位置にあるショー実施エリアのウォータープラザまで海水を引き込んでいるため、潮位による変動はないのですが、ベストパフォーマンスのショーを見せるために最適な水位レンジがあるんです。それが1センチ違うだけで見え方が変わってくる。さらには、ウォータープラザ内の水循環量も一定に保つ必要があり、だからその調整を毎日、毎時間行っています」と話してくれたのは現場の運営責任者。

「ウォータースクリーンは水面ギリギリに噴水ノズルがあり、水面が上昇すると左右の拡がりがきれいに見えないんです」と話すように、素人目には分からずとも、ちょっとした差が見え方に影響するため、水位の調整に苦労するのだとか。ほかにも天候はもちろん、風の向きや速度などによって噴水量の調節も欠かせないといいます。実際の運営にあたっては、繊細な努力の積み重ねがショーを盛り上げ、ゲストの感動へとつながっていることを改めて実感しました。

当日の風の向きや流れ、さまざまな自然現象が計算しつくされ、光と水がダイナミックに調和している

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